“ ABSOLUTE ELSEWHERE ” とは、
これまでも、これからも、あなたの人生に影響を与えることのない空間
そして、
この瞬間、この場所から、時間的にも、空間的にも、行くことができない何処か
初めはごく稀薄だが何かの予感があり、その空間を前に光と色を感じ、やが
て心の中に映像が少しづつ投影されて、心の変化を感じることができれば、
そこは、Another Dimension of “ ABSOLUTE ELSEWHERE ” 。
UNFORGOTTEN
全域が世界遺産に登録された街 “ストラスブール” 。
数百年の歴史を刻んできたポン・クヴェールの夜景は忘れることができない。
遠い昔の遠く離れた街の記憶。
PHANTASMAGOLIA
ストラスブールの「アルザス地方特有の木骨造り」の街並み。
店の名は “ ARTISAN BIJOUTIER ” 職人技の宝石商。
心に浮かぶのは、小さい時に見たおとぎ話の風景なのか、昔旅したヨーロッパの街の幻影なのか・・・・・
未完のロマン
早朝のストラスブール・イル川沿いの石畳のベンチ。
そこには昨夜の雑踏の余韻が残るワインボトルが1本。
ワインボトル氏の恋の行方は ・・・・・
歴史の重厚感
ストラスブールのカテドラル(ノートルダム大聖堂)の入口。
荘厳な彫刻が私たちを迎える。 このカテドラルが見つめてきたストラスブールの歴史に思いを馳せる。
SILENT AIR
ミュンヘンのアルテ・ピナコテークは18世紀までのバイエルン王朝が収集した絵画を中心に展示している。
この広々とした美術館では、入り口から展示室に行くのに、この長い階段を上る。
厳粛な空気のなかで流れる時間と期待感。
見つめる瞳

夕刻、買い物客で賑わうミュンヘンのノイハウザー通りには、屋台の果物屋が沢山並ぶ。
そんな街角の果物屋で、釣銭を受け渡ししている店主と客、その手を見つめている少女 ・・・・・
そして、ファインダーを覗く私。
さらに、写真を見るあなた。
それぞれ様々な想いを持って、見つめている。
THE DAY BEGINS
夫婦で初めて立山連山を縦走する朝。ご来光と山の神に祈りを捧げる。
空気は冷たく透きとおっていた。
言葉など今いらないさ
この夜明け 見つめる時に
赤い鳥
迫門(せと)の光
平清盛の父・平忠盛が
虫明の迫門の曙見る折ぞ
都のことも忘られにけり
と詠んだ岡山・虫明湾の日の出。
日の出後しばらくして、薄雲の間から太陽光が差し込み、海の一部が光り出した。
光 あ る 道
琵琶湖に向かって伸びる桟橋跡。
あたかも朝日に向けて祈りを捧げる巡礼者のような神々しい情景を作り出している。
凍 雲
凍てつくような琵琶湖畔の朝。滋賀の冬の厳しさが身に堪える。
不定期だが撮影に訪れる定点観測地点は、渚と木のバランスが気に入っている。
眞 龍 夢 幻
徳島・轟神社の由緒記に、
創祖、この瀧壺に至り祈念読経して、主神在さば出現有ん事を希(ねがひ)しに、不思議なる哉、爆水流止り、忽ち恐敷(おそろしき)眞龍淵中に現はれ玉ひしと也
と書かれている。
そびえ立つ岩の間に二重の虹が現れるこの瀧には、人々が瀧の伝説を信じる秘めた力がある。
古来、この瀧に畏怖の念を抱き、龍神を信じ祈りを捧げてきた先人たちに思いを巡らす。
幽 静
太陽の動きに従って、虹が岩戸より出てくる。
瀧の轟音と飛沫のなか、音もなく静かに…
霧 渡 る
霧に煙る三田・千丈寺湖の早朝。
太陽が昇るまでの時間、霧と静寂に包まれる。
清々しい無の境地でいられる時が流れる。
何も足さない 何も引かない
崩 落 の 美
旧国鉄士幌線のタウシュベツ川橋梁。
毎年水没して厳しい冬を越す橋梁は、築3000年の建造物と同等の劣化状態だと言われている。
なるほど。ギリシャの遺跡を想像してしまうのは、私だけだろうか。
いつ崩落してもおかしくないと言われる橋梁に儚い美しさを感じる。
静 映
静かな八幡平・ガマ沼。
青空に雲が映り込んだ風景が美しい。
一瞬、微風が吹いてさざなみが立った。その時、時が止まった。
大 地 耕 す
道東・オンネトーからの帰り道に、北海道らしい光景に出会った。
大自然のなかで農業を営む人々への敬意の気持ちが湧き上がる。
新緑と土の香りが漂う。
INTO DARKNESS
山に夜の帷が下りるころ。
それは、私たちの視界から色を奪っていく時間。
赤は漆黒に、黄色は淡灰に、そして針穴から光が漏れる闇に覆いつくされていく。
一人で過ごす徳島・剣山の夜。
HANABI
華やかな打ち上げ花火の一部を切り取るのは難しい。
淀川花火大会での線香花火のようなワンショット。
決して捕まえることの出来ない
花火のような光だとしたって
もう一回 僕はこの手を伸ばしたい。
Mr.Children
夜 と 霧
裏磐梯高原・弥六沼のライトアップ。
暗闇に霧が描く景色の変化を見ていると時間を忘れる。
ウクライナ侵攻の悲惨な状況をみて、ふと、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」が思い浮かんだ。
どんなに絶望的な状況であっても、日常の些細なことに喜びを見出して生きること。
樹 魂
後醍醐天皇が隠岐配流の途中、この桜を見て賞賛したといわれる樹齢千年の醍醐桜。
花が散り、葉桜となった醍醐桜から、歴史を生き抜いてきた圧倒的な力を感じることができる。
潮 韻
新型コロナウィルス感染拡大が一旦収まった2021年12月に、厳冬の能登の風物詩「波の花」を期待して、奥能登・曽々木海岸を訪れた。
残念ながら、気温が上がり見ることができなかったが、冬の日本海の荒波の美しさは格別である。
シャッター音が波音に消されていた。
真実の夕映え
香住・夕凪の丘からイカ釣り船の漁り火を撮るために、夕陽を撮りながら暗くなるのを待った。
日が沈み空が焼けるとともに、漁り火が灯り始めた。
学生時代に読んだアルベール・カミュの「太陽讃歌」の一節にあるような夕景に出会いたいと願い続けている。
夕方、湾に映えるこの世界はなんと甘美な眺めだろう ―― 世界は日によって嘘をつき、あるいは真実を告げる。今日の夕方、世界は真実を告げている ―― それも執拗な悲しい美しさで
Internet Encyclopedia of Philosophy には、
“ ABSOLUTE PAST ” の出来事は、
この瞬間のあなたに直接的または間接的に影響を及ぼしうるもの、
“ ABSOLUTE FUTURE ” の出来事は、
あなたが直接または間接的に影響を与える可能性のあるもの、
“ ABSOLUTE ELSEWHERE ” とは、
この瞬間のあなたと因果関係のない時空の領域、
であると記載されている。
出典:Internet Encyclopedia of Philosophy “Frequently Asked Questions about Time”
14. What are the Absolute Past and the Absolute Elsewhere

ギャラリー “ABSOLUTE ELSEWHERE” は、
2022年7月14~19日に開催した個展に
出展した作品集です。